ヴァイオラ! と呼ぶ声が聞こえ、はっとなった僕はようやく、心を体へと戻すことができた。顔を上げると、共に掃除機を使って屋敷の踊り場を掃除していたキャロルさんが、呆れ顔で僕を見つめている。

「ど、どうしたんです? そんな顔をして?」僕がすっとぼけると、「どうしたもこうしたもないわよ。またぼーっとしてたんだからね、あなた」と怒られてしまった。

「さっきから掃除機をかける場所をずっと相談したかったんだから。それなのに、ぜんっぜん反応がないし。目を開けて寝てるんじゃないかと思った」

「えっ、そんなに。それは、すみません……」

 僕がキャロルさんに怒られるのも無理はなかった。ふいごのような構造で手を動かし、ゴミを吸い上げるこの掃除機というものは、一見掃除を楽にしてくれる道具のようにも思える。しかし実際に使ってみると、モップやほうきを使って掃除するよりも大変に思えることが多い。

 そういうわけで、あらかじめ共に仕事をする同僚と事前にどこを担当するかを打ち合せた上で、自分の箇所を徹底的に綺麗にするというのが効率的にも一番いいのだ。特に、先鋭すぎる掃除道具を渡されている、なんて時には。

「全く、うちの主人の最先端好きにも参ったものね」というのは、僕と一緒に仕事をすることが多いキャロルさんのいつもの弁である。

「しっかし、最近ちょっと、調子が悪いんじゃない、ヴァイオラ?」とキャロルさんはいった。「気持ちがどっかにいっちゃってる感じっていうかさ。ここに来て最初の頃は、むしろ反応よすぎてやる気と元気が空回りしてたってのにね」

「う、その話をするのはよしてくださいよう」と僕はいった。「あの頃はちょっと、初めての環境ということもあって、なにかと張り切り過ぎてた、というか……」

「わーかってるって。むしろ新人で、今ぐらい落ち着いてたら逆に怖いしね」キャロルさんは笑顔で答えた。「あなた、順調にここに馴染んで……って、そんなことはいいの。ヴァイオラ、あなた最近疲れてるんじゃない?」

「疲れ……ですか」

 確かに、ここでの仕事に馴染んできた一方で、なにかと疲れを呼び起こす事象は増えてきていた。使用人の立場の順序であるとか、仕事について覚えなければいけないことが増えてきたであるとか。そして。

「あのオートマタ? っていうか、お人形のお世話、大変でしょ? あたしたちはあれに関しては上から指示がない限り一切手を出しちゃいけないっていわれてるから、仕事がどんなものなのかいまいち想像できないんだけど」

「えっと、特別大変だということはないですよ。ちゃんとこちらの言葉も理解してお話していただけますし。先日は、一緒にトランプでオールドメイドをして遊んで……」

「えーっ、それ本当なの? ……って、あなたが嘘つくような子じゃないのは知っているけどさ。でも、なんか信じられないなあ」

 ハダリーさまへの疑念をキャロルさんが話すのを聞いて、僕は顔には出さなかったものの、どこか不思議な心持ちになった。少なくとも僕の前では、ハダリーさまはさも人のように振る舞い、人のように僕と接しているからであろうか。

「わたし、小さいころに見世物小屋で、東方から来たチェス打ち人形っていうのを見たことあるんだけどね」と、キャロルさんはいう。「後になって話を聞くと、結局それは中に人がいたみたいなんだよね。だから、ヴァイオラのお世話するお人形だって、もしかしたら」と、キャロルさんが反論しそうになるのを遮り、僕はいった。

「ほらほら、こうやって喋ってたら僕の作ったロスがどんどん広がっていくばかりです! 掃除の場所の相談、でしたよね。パパっと決めて、ササッと片付けましょう!」

 結局僕はこの後もキャロルさんに「ぼーっとしてるよまたー」と、どやされる羽目になってしまうのだけれど。

 僕が現状、お付のメイドとして仕えているハダリーさまは、教えてもらった話を鵜呑みにするならば、生物ではない。彼女を紹介した僕の雇用主、オーシーノさまによれば、彼女は人の思考の数理モデルを解析機関上で実装し、それを人形の体へと繋げたものである、ということらしく。僕はその人形の、対人間におけるコミュニケーション能力をテストするために雇われた、いわば実験動物のようなものであった。

 一応立場としてはメイドである以上、例えばハダリーさまがお眠りになっている時などは、オーシーノさまの屋敷での仕事もあるのだけれども。

 そして実のところ、僕は本職のメイドではない。オーシーノさまが知っているであろう、僕の家族についての情報を、当人から得るために身分と性別を隠して潜入している、いってみれば諜報員のような立場なのだ。だから、本来ならこんなところで屋敷の掃除だの、オーシーノさまのお人形遊びだのに付き合っている暇なんてない、はずなのだけれど。

 いつからこうなってしまったのだろう。掃除をするにしても、ランドリーメイドたちの手伝いをするにしても、仕事の間中、ハダリーさまのことが僕の頭から離れなくなってしまったのは。僕には目的があったはずなのに。家族の生死をオーシーノさまから聞き出すという使命があったはずなのに。

 それなのに、なんで。

 屋敷での「普通の」メイドとしての仕事をひと通り終えたところで、僕はハダリーさまのお付としての仕事のために、彼女が寝起きする部屋へと向かうことにした。この屋敷において僕に限り、そのような理由によりほかの仕事を免除されているのだ。これについては同僚に「いいなぁ、うらやましいなあ」といわれることも少なくはない。もっとも、やることがハダリーさまのお世話なので、大方はそこで不気味がったりするのだけれども。

 ハダリーさまがいらっしゃる部屋へと向かうまで、僕は屋敷の、特に使用人が用いることはまずない、表舞台ともいえる廊下を必ず通ることになる。普段の仕事では、使用人は専用の裏廊下を用いて移動し、雇用主に自分たちの姿を見せることなく動くことができる。しかし、ハダリーさまの部屋へと向かう際は、屋敷の構造上、どうしても表の廊下を使わざるを得なかった。きっと、僕らのような使用人が表立って足を踏み入れることを想定していなかったのだろう。

 僕は一応、この部屋へ移動する時に限り、表の廊下を利用することが認められている。けれども、現在の自分の立場を考えると、誰かのお付きというわけでもなく、一人で廊下を歩くというのは、最初は中々肝が冷えたものだった。もしも廊下でオーシーノさまとばったり会ったりしてしまったらどうしようかなど、色々と考え、不安を覚えてしまったものだ。今となってはそのようなことはまずないだろうと、同僚(主にキャロルさん)に色々と聞いて思うようになったのだけれど。

 オーシーノ家。我が国の建国時から存在し、歴史上数多くの詩人を輩出してきた名家の一つだ。その中でも分家筋にあたる、僕の目的のオーシーノ卿は一族の中でも特に変わり者として有名で、貴族にも関わらず商売に手を出すわ、その儲けを科学技術の発展のためにさまざまなプロジェクトへ投資するわと、保守的な従来の貴族とは全く違う考えを持っている人物らしい。それは普段の生活においても同様で、食事は必ず部屋へ持ってこさせ、ベッドの上で寝っ転がりながら食べるとか、既存のファッションに不満を持っていて、自分で服をデザインをしてそれを着用しているとか、使用人の服装や下着すらもデザインしているとか(これのせいで僕は短いスカートをはく羽目になったのだ!)、とにかくよくわからない。廊下で全くすれ違うことがないというのは、つまり普段自分の部屋からほとんど出ることがないという、オーシーノさまの変なこだわりがあるから、ということらしかった。

「そっちのほうが、僕としては色々と緊張も少なくていいんですけどね」

 そう独りごちるうちに、僕は目的の部屋の前へたどり着く。なんの変哲もない普通の部屋の入口。その部屋の奥に、僕がお付となっている、機械人形がいるのだ。

「ごきげんよう、ハダリーさま。起きていらっしゃいますか」

 扉をノックし、中へ呼びかける。部屋からは静寂が帰ってくるのみで、人間がその中にいるなどとは、とてもではないが思えない。

「入りますよー……」

 僕は取っ手に手をかけ、部屋へと入っていく。窓はカーテンで遮光され、ドアから漏れた廊下からの光のみが部屋を照らす灯りとなっている。奥は薄暗く、自分が歩く先の光景すら、想像するのもままならない状況だった。

「ハダリーさま……まだ寝ていらっしゃいますね」

 部屋の入口まで戻り、扉のそばにあるマッチを手に持つと、僕は一番近いガス灯から、ガスを調節しては火を灯していく。部屋の奥へと順々に灯していくにつれ、中にいるこの部屋の住人の姿が徐々にあらわになっていく。

 長い、しかしウェーブがかった、ふわりとした髪を両肩に下ろし、胸元が大きく開いているにも関わらず、優雅さすら感じさせるドレスの着こなしを心得ているその人影は、一方で背中や頸部、腰などから生えるように出ている大量のケーブルによって、壁に磔にされているようにも見える。なにも知らない人がこの様子を見れば、彼女が罪を犯したがために罰せられているのではないか、と思うに違いない。

 だが、これこそが彼女の意志の源泉なのだと、オーシーノさまは僕にいった。彼女はケーブルに繋がれなければ動くこともままならないのだ、と。

 そんな自らの姿などものともせず、ハダリーさまは壁を背に椅子に座り、両の手を膝に置き、目をつむりうつむいていた。どうやらまだ起きてはいなかったらしい。

「ハダリーさま」

 再び、彼女の名前を呼びかけた。そして彼女の顔に、少しだけ自分の顔を近づけてみる。僕らと比較して長いまつげは、閉じられた瞳を彩り、そして瑞々しい唇は、その潤いを主張するかのようにてらりと光った。

 僕は自分の胸に手を当て、深呼吸をする。これからハダリーさまに行うことは、ここ最近はずっとやっているとはいえ、未だに自分にとって抵抗がある行為のように思っていたから。

「これは、僕がハダリーさまにそう指令されて行ってるんだ。僕の意思ではないんだ」

 自分自身にいい聞かせた後、僕はハダリーさまのお顔を両手で優しく包み込んだ。そのお顔には、当然のことながら血は通っていない。人ならば細やかに筋肉によって構成されている部位ですら、人造スキンと骨格のみで組み上げられているのだ。なのに、僕は両手がハダリーさまの体温を感じているような、そんな気がした。

 ゆっくりと、僕はハダリーさまの唇に自分のそれを重ね合わせる。口づけを始めるたびに、彼女の唇の感触は人のそれとは少しだけ違うもののように思える。形をいくら似せたとはいえ、さすがに柔らかさや、ざらつきまでも完全には人の体を再現しきれていないのだろうか。それとも、感触自体は同じものなのに、僕が彼女のことを人形だと知っているから、そう感じているのだろうか。

 僕は彼女の下唇を自分の唇で、くちばしのようについばんでは、軽く引っ張り離すことを繰り返す。続いて上唇も、今度は舌でそのエッジをなぞったり、唇で弄んだりしてみる。

「ん、んぅ、ふっ……ぁむ、ん……ふぁ」

 僕の口腔から唾液が次々と溢れだし、それがハダリーさまの口を、そして互いの胸元を汚す。この状況を今、キャロルさんやほかの使用人が、例えばドアから覗き見たりしていたら、いったい僕はどのように思われるのだろう。そんな考えが頭をよぎると、僕の身体はなぜかもっと熱を帯びたような気がした。

 僕は舌を用い、ハダリーさまの唇を無理やりこじ開け、口腔内へと舌を挿入した。歯列は舌の感触の限りでは、人間らしい形状をしていて、違和感をあまり覚えない。僕は舌で、彼女の口の隅々を唾液で濡らしていく。頬の裏から、精巧に作られた歯の一本一本まで。そしてさらに奥深く侵食するため、僕はハダリーさまの唇を自分の口で覆い、むしゃぶりつくように彼女を求めた。

「ん、ぁっ……ん、ぅん、ちゅ、ちゅぷ、は、んんっ」

 しかし、どんなに僕が舌をハダリーさまの中へ伸ばそうとしても、歯で仕切られた奥に自身を届かせることは叶わなかった。舌を使って歯列を開こうとはとてもではないが考えられないぐらいに、上顎と下顎は固く閉ざされている。

(ん、でも、僕がそこまで行うのはさすがに……)

 そう考えた刹那、僕の背中がなにかに強く押さえこまれ、ハダリーさまの身体へと強く密着させられた。突然のことになにが起こったのかわからなくなった僕は、思わず身体をハダリーさまから離そうとする。しかし、背中を押さえる力がそれを許してはくれない。

 力はそのうち二方に別れ、一方は腰を優しく愛撫する。もう一方は、局所局所で背中に軽く爪を立てたりして遊びつつ、僕の脊椎を指でなぞりながら首を目指して進んでいく。その動きから、僕は背中を押さえるこの力が、ハダリーさまの両腕であることに気づいた。口づけに気を取られていたために、彼女の腕が自分の背中へ回っていることに気が付かなかったのだ。

(それではハダリーさま、もう起きてらっしゃ……!)

 思考は、そして僕の口腔は、飛び込んできたハダリーさまの舌によりかき混ぜられる。

「ん、ん、ちゅ、う、んちゅ、んはっ、ちょ……っ、とっ、ハダ、ハダリー、さまっ!」

 僕は両腕を使い、なんとかハダリーさまの顔を自分から引き離す。目に飛び込んできたのは、その外見の美しさに比して、実に幼い印象を与える笑みを浮かべる、機械じかけの少女の顔があった。

「んっふっふ、今日もまた、随分と激しいお目覚めのキスを貰ったものよね、お・う・じ・さ・ま」

「なっ、そんな、それはハダリーさまがそうしろと、あむっ」

 彼女に反論しようとすると、すぐさま僕の口はハダリーさまのそれによって栓をされる。脊椎を登っていたハダリーさまの片手は、気がつけば僕の後頭部にまで到達していたらしく、頭を押さえられた僕は、ハダリーさまの舌を自分の中から追い出すことができなかった。

「は、ぁう、ん、っん、んー」

 ハダリーさまは口の中で僕の舌を見つけるとすぐ、自分のそれを絡みつかせる。僕が一方的にしていた時と比べ、くちゅ、ぷちゅりと湿った音が部屋中に響き渡る。強く求めるハダリーさまに気圧された僕は、彼女の行為に対しただ自分を差し出すことしかできない。舌と舌は互いに互いを求め合い、とろけあい、そして一つになっていく。

 突如、ハダリーさまは僕から顔を離す。口を広げ、舌を突き出しながら僕から離れたことで、僕の舌と、彼女との間に細く輝く淫らな橋がかけられた。

「ん、はぁ……ほら、ヴァイオラだって、楽しんでるんじゃない、違うの? こんなに、えっちなお口で、私を求めてる……」

「なっ、そ、そんなことは」

 慌てて僕は、制服の袖で自分の口を拭う。

「あー、汚いなあ。そんなことをするなんてはしたないし」

「ハ、ハダリーさまが変なことをいうからです!」と、僕はいった。

「僕は、そんなの、本意じゃないです……さっきもいいかけましたけど、寝ている時にキスして起こしてというのも、あなたがいい始めたことじゃないですか」

「でも、私の求めにここまで激しく応じてね、とまでは伝えてないけど。さっきのキスだって、なにもいってないのに私の舌をむさぼってたくせに……」

「そ、それは。それはっ」

 なにもいい返すことができない。ハダリーさまの命令を建前に、僕が彼女の体を用い、自分の欲求を満たしているということに。

「だからさ、素直になっちゃおうよ。ね、ヴァイオラ。今日も……したいんだよね?」

 そういい、ハダリーさまは僕を抱きしめながら立ち上がり、腰に回していた手を少しづつ下ろしていく。

「私も、最近はあなたの体で色々と遊ぶのが楽しいし、あなたも心地よさそうだもの。拒否する理由はないよね。あ、でもちゃんと仕事はしなよ? こんなことで正体がバレたら、あなただって無念でしょうし」

「っつ!」

 ハダリーさまにここ最近の仕事での怠状を見透かされ、僕は眉をひそめる。

「怖い顔しなーい。この屋敷については、あなたの協力もあって大体把握しちゃったからね、私。屋敷中の音を拾う設備や出す設備の操作も、オーシーノさまの盗聴回線を生かすも殺すも、今や私が自在に行えるの、憶えているでしょうに」

 喋りながらハダリーさまはゆっくりと、始めは僕の臀部を、そして太ももを順々に、舐めるように撫でていく。時おり、体に触れるか否かという瀬戸際を彼女の指は掠めていき、そのたびに僕の肌から頭に痺れが波及していく。

「ふふ、体がぴくっぴくってしてるよ」とハダリーさまはいう。「ヴァイオラは、こうやって体を撫でられるの、好きだもんね?」

「ふっ、あ、ぅ」

「うん? きちんと返事ができないなんて、使用人としてどうなのかな?」

 ハダリーさまは、僕の首筋に唇を近づけ、少し強く吸い付いた。すでに僕の唾液で浸潤しきったハダリーさまの口腔は十分な湿りを帯びており、その感触は人のそれとそう変わらない。ちゅ、ちゅぱと、位置を少しづつ変えては、ハダリーさまは僕の体に自らの跡を次々と残していった。

「ぁ、はぅ」

「オーシーノさまが私たちの話を盗み聞きしてくれてよかったよね。私の口でこんなにも楽しめるようになったんだから……でも、そもそもこれってものを食べるために改良されたのだっけ。確かアフタヌーンティーを楽しみたいって話がきっかけだったような」

「はっ、あっ、ぁ」

「もう、ほんと使用人失格ね。自分だけ勝手に楽しんで」

 言葉に不満を含ませながらも、ハダリーさまは嬉しそうに口で僕の頬に印をつけようとする。一方先ほど頭に回された手は、再び僕の背中を降り、先に到着していたもう片方の手と共に僕の太ももを弄りまわしていた。ハダリーさまの両手は僕の脚を、時には軽くつねり、また時には優しく愛でるように撫でる。僕はハダリーさまに脚を好きにされるにまかせ、少女のような嬌声を上げるほか無かった。

「あっ、やっ、やっ、やめっ」

「嘘。やめてほしいだなんて、心から思っていないくせに」

 ハダリーさまの片手が、僕の太ももからスカートの中へするると伸びた。あまりにも突然のことで僕は抵抗することもままならず、僕のモノは下着越しに、ハダリーさまの手に見つかってしまった。

「ハ、ハダリーさまっ! そ、そこはっ」

「ほら。ヴァイオラのここ、すっごく大きくなってるよ? とくん、とくんってなってる……ね、ヴァイオラ? 今、とっても切ないんだよね?」

 彼女の手は僕の先端を指先で探り、柔らかさを確かめるかのようにゆっくりと揉みしだいた。彼女の指先が動くたび、ぴり、ぴりと、肌を撫でられる時とはまた違う心地よさが僕に襲いかかってくる。

「んんっ」

「ふふ、もちろんこれで終わり、なわけないんだからね」

 彼女は続けて僕を優しく片手で覆い、その大きさを確認するかのように手のひらで転がす。先端を指でリズムよく刺激し、手のひらで付け根を軽く圧迫する。自分の全てをハダリーさまに握られている恐怖と、溢れる快楽とが交互に入り混じり喘ぎを漏らす僕をよそに、彼女は僕の頭を色情で満たし続けた。

「あ、ぁ、んあっ、あっあっ」

 僕の声に呼応するかのように、ハダリーさまは僕を包む片手を筒を持つように握り替えた。そしてゆっくりと手首を前後に動かし始める。

「っ! あっ、はっ、ぁ」

 頭に欲望が直接注ぎ込まれる感覚。僕はその悦楽に体を支えることがついに叶わなくなってしまった。思わず、目の前にいるハダリーさまへ抱きつくように覆いかぶさり、体を預けてしまう。ハダリーさまはしかし、僕の体重を受けとめる形になってもなお、攻める手を収める気はさらさらないようだった。

「ん、いいんだよ、ヴァイオラ」

 急に僕への刺激を緩めてハダリーさまはいった。「私に全部任せて、気持よくなっちゃって……わかる? ヴァイオラの先っぽからも、えっちなお汁がいっぱい出ちゃってるの」

「ん、はっ、そ、そんなことっ、い、意識させない、でっ」

「だって嬉しいんだもん。ヴァイオラが、私の手の中で、こんなに嬉しそうにぴゅっぴゅしてるんだもの、ねっ」

 そういい、彼女は僕の頭の先を少しだけ強くこすり上げる。

「っ、んあっ!」

 ハダリーさまはそのまま、再び僕を刺激することを開始した。さっきよりもより強く、より速く。彼女にかぶさったまま、自分の体をひくつかせ、まれに自分の先から生暖かい体液が噴出し下着を汚すのを、僕は多幸感と共に認識する。誰の目から見ても、僕は獣のように見えてしまっていたことだろう。口は開かれ、そこから唾液を溢れださせ、それがハダリーさまのドレスや、きめ細やかな肌を汚していることにすら気づかない、ただの獣に。

「い、う、いっ、だめですっ、ぼく、ぼく、いっちゃ……!」

 果てようとした直前、急に彼女は僕への刺激をやめた。急ブレーキをかけたかのようなハダリーさまのこの仕打ちに、僕はまず目を丸くすることしかできなかった。次いで、ハダリーさまに寄って立っていた自分の体勢を立て直し、軽く非難を、そして哀願を多分に込めた表情で彼女を見つめる。

「ひ、ひどいですぅっ!」思わず声が上ずってしまったが、僕はこのまま続けていった。「あ、後ちょっとだったのに、いきなりやめるだなんて」

「んー? 私は手が疲れたから少し休もうかと思っただけなんだけど。『後ちょっと』がなんなのか、私にはよくわからないな」

「え。い、いや、それは」

「なにが『後ちょっと』だったのかな? ヴァイオラ? いってごらんなさい」

「う、うう」

 ハダリーさまはいじわるだ。毎度、こういうことをする時には、必ずといっていいほど僕が達してしまいそうなのを察知し、焦らすのが好みなのだ。

「……ち……ん、から」

「あれ、聞こえないよ、ヴァイオラ。もっと大きい声でいってもらわないと」

「ぁう」

 怯みかけたが、僕は再び彼女に懇願した。スカートをたくし上げ、ハダリーさまに、体液で湿った下着を見せつけながら。

「後、ちょっとで、おちんちん、から、せーえきぴゅっぴゅできましたっ。お願いです、せーえき、ぴゅっぴゅさせてくださいっ」

「ふふっ。よくできました」

 ハダリーさまは僕の様子を見て、なにかを含んだような笑みを浮かべた。

「でもその前に……」

「え、えっと、ハダリーさま、さっきからなにを……?」

 先ほどの僕の願いに対しハダリーさまがまず最初に行ったのは、僕の下着を脱がし、僕のモノになぜか可愛いリボンを結んでデコレートすることだった。リボンはきめ細やかなレースで織られており、とてもではないけれど、今巻いているようなところに使うものではないというか、なんというか。ハダリーさまが楽しそうに僕を彩っている間、僕はずっとスカートを上げていたのだけれど、先ほどからおあずけを食らってしまっている僕がそうそう長く待てるわけがなく。思わずハダリーさまに、彼女のその行動について聞いてしまった。

「んー? ヴァイオラを、もっと可愛くしてあげてるんだよ」

「つっ、あ、あの、そんなことより」

「焦らない、焦らない」いいながら、ハダリーさまは僕の先っぽをつつっと指でなぞる。今の僕の乾きを癒やすには十分な刺激ではないにせよ、僕はその恵みに歓喜する。

「んっ、ああっ」

「全く、そういうところは男の子なんだよね、ヴァイオラは。せっかちなところ、というかさ」ハダリーさまはそういった後、部屋の壁に立てかけてある合わせ鏡を指さす。

「ほら、今の状態のまま、体ごと向きを変えてあの鏡を見てみなさい」

 僕の視線の先には、少女がいた。髪を二房に結び、仕事着を着たメイドの少女が、自らのスカートをたくし上げ、艷っぽい表情で見つめている。彼女が普通の少女と違うところといえばただ一つ、本来あるはずのない場所になにかがついていること。そして、それがレースのリボンによってとても綺麗に装飾されていること。その淫らな姿を晒しているのは自分であることを理解するのに若干の時間を要した後、急にそれが恥に思えてしまった僕は、思わず鏡の向こうから目を背けてしまった。

「だーめだよ、ヴァイオラ。せっかく私が可愛くしてあげたんだから、もっとよく見てくれないと」僕のデコレーションをやめて立ち上がったハダリーさまは、僕の顔に後ろから両手を添え、鏡の方向を見るように固定する。「ほら、スカートもそのまま下げないで。こんなにヴァイオラは可愛くなったんだよ?」

「そ、そんなこといわれても、恥ずかしくて、見てられないです」

「恥ずかしがる必要なんてないよ。あなたは可愛いんだから。そう、それこそ普通の女の子よりも」

 ハダリーさまはそういい、僕のスカートの中へ手を伸ばす。

「あ、あのっ!」と、ここで僕はハダリーさまを制止した。そして続けて、彼女に自分の願いを請う。

「すみません。こ、今度は、ハダリーさまの、お口で、その、していただけませんか」

「えっ」

 初めはきょとんと、僕の顔を見ながら目を白黒させていたハダリーさまは、僕がいったことを把握した途端に破顔した。その一連の仕草や表情には、人形らしさが一切感じられず、場所が場所ならばきっと可憐さが際立つだろうなと思える、そんな笑みだ。

「ぷっ、あ、あっはっはっ、ヴァ、ヴァイオラ、そん、そんな真剣な顔でこんな頼み事を? しかも私に? あなたは私のお付メイドなんだよ?」

「も、もうしわけ、ありません……」

 ハダリーさまは少し困ったような表情を投げた後に、

「しょうがないなあ、いいよ。ほら、こちらを向いて」と、肩を持ち、対面になるように僕の身体をくるりと回した。そして僕の前にしゃがみ込み、露わになった僕のモノを、笑みを浮かべながらじっと見つめる。まるでなにか可愛らしい動物を見つめるかのように。

「う、その、あんまりジロジロ見るのは」

「なに? 私があなたのお願いを叶えようとしてるのよ。そのくらい我慢しなさい」

 いいながら、ハダリーさまはさらに自分の顔を、そして唇を僕に近づける。さらりと頭からこぼれ落ちたハダリーさまの前髪が僕に少しだけかかるのを感じ、指で触れられた以上の心地よさを、僕は身体に覚えた。

「ふっ……んん」

「あれ、まだ触ってもいないのに。髪に触れたからかな? 全く、ヴァイオラはえっちなんだから」

 ハダリーさまはそのまま、僕の先端に口づけをする。わざとらしくちゅっ、ちゅっと音を出し、敏感なところの隅々を彼女はキスで攻め立てる。僕と彼女が接触するたび、僕の筋肉は喜びで萎縮し、そしてその痙攣が、ハダリーさまがキスをしているモノへと伝わる。我慢しようにもすることができない自分の身体の淫らさに、僕は恥と心苦しさのせいで思わず顔を赤らめてしまう。

「あぅ、ん、う、はっあっ」

 淫れる僕のことなどお構いなしに、スカートの下にいるハダリーさまは続けて、僕の先を自らの口腔でまるごと覆い始めた。

「んっ、んっふ、んっ」というハダリーさまの鼻から抜ける声と共に、恐らく先のキスでの僕の唾液と、僕のモノから出た体液とが、彼女の口の中でぬちぬちと湿った音を奏でる。十分な湿り気を帯びたハダリーさまの口腔と舌は、時に強く僕を締めあげ、また時には割れ目に舌を這わせる。彼女の一挙一動は全て、僕の身体に快楽の雷鳴として響き渡り、僕はただ、心地よさの嵐に翻弄されるほかない。

「あっ、んっ、あっあっ」

「んんふ、ひおひいい?(うふふ、気持ちいい?)」

 口に含んだままハダリーさまが喋る。だが、その口腔の震えまでもが僕への刺激となった。たまらず、息を大きく吐き出す。

「は、はあぁ」

「ひいへる? ……んーおうらめはな(聞いてる? ……んー、もうダメかな)」

 その言葉を合図に、ハダリーさまは僕の先端だけでなく、幹から根本までをも深く、その口に含んだ。元々食事や呼吸などをする必要がない身体であるので、嘔吐のための機構も、彼女の身体には存在しないらしかった。普通の人間ならば、明らかに苦痛を伴う行動も、彼女の身体なら行うことができる。

 口蓋と舌で僕を押さえつけるように、ハダリーさまの口腔全体が収縮され、僕は自身のモノ全体でその圧の強さを感じた。同時に、喉の奥へと自身が引っ張られるような刺激も加えられ、僕は狂わんばかりの喘ぎを放つ。

「あ、ぐ」

「んん、ん、じゅ、じゅぷ、んっんぅ、ぢゅ、ぢゅーぅ」

「あっ、はっ、はっ、や、あ」

 ハダリーさまの執拗な、そして僕の身体を知り尽くした上でのこの行為が、僕を喜びの渦に叩き込まないはずがなかった。先ほどの手での攻めから鳴りを潜めていた、至福を伴う波が再び僕を飲み込み始める。そしてそれを察知したかのように、ハダリーさまは僕をさらに攻め立てた。口いっぱいに含んでいる間に、僕の両太ももを抱くように回していた両腕と手を、急に臀部の方向へと動かし始めたのだ。

「わ、ハ、ハダ、んぐっ」

 目的の場所に辿り着いた手は僕の臀部をかき分け、そしてもっとも敏感な穴へと到達した。彼女の両指はそれに到達するやいなや、貪るように撫でさする。すでに僕から出された体液でべとべととなった彼女の両手から、僕の穴へと湿りが移り、くち、くちゅ、と除々に音がたち始めた。

「ハダ、リー、さ、あっ、あっあっ」

 名前を呼ばれたハダリーさまは返答をする代わりに、僕の中へと指を挿入した。

「んっ、んんっ……!」

 自分ではないなにかが己の中へと侵入する感覚が、体全体に渡り僕を駆け巡る。続けて、少しだけ僕の中に押し入っては、少しだけ出ていく、ねっとりとしたピストンがハダリーさまによって繰り返された。彼女の指が、そして口が今、僕を犯し尽くしている。頭に上るその事実と、身体に与え続けられる刺激が、僕を限界へといざなった。

「や、だっ、で、でちゃ、あっ、あっあ、んんっ」

 身体中の筋肉をこわばらせ、僕はハダリーさまへ吐精した。果て始めた時点でハダリーさまは「ん、む」と口で弄ぶことをやめ、僕の先から湧いて出る精を口腔内へと全て受け止めようとする。びくっ、びくりと痙攣しながら、身体から次々と悦楽が溢れ出るたび、彼女の口の中へそれが注がれていく。波が収まるまで、ハダリーさまは僕のモノを口から離すことはなかった。

「ん……ぷぁっ」

 ハダリーさまの口からずるりと、僕のモノが抜き出される。精と、唾液と、体液に塗れた彼女の唇は、作りものであるということを忘れたかのような生々しさを僕に覚えさせた。続けて、僕の中からもハダリーさまの指が引きぬかれる。

「んぁ」

 その最後の刺激をトリガーに、僕は身体に力を入れることが叶わなくなり、その場にへたり込んでしまった。荒い吐息と共に目の前を見ると、ハダリーさまが四つん這いで僕へと近づき、僕の唇と、自分の唇とを重ねた。

「ふ、うぅ、ん、ちゅ、ぷ」

「あ、む、んぅ、んん」

 ハダリーさまは器用に舌と唇を用い、口に含んでいた精を、口づけを通じて僕の喉へと流し込んだ。なにも考えられなくなった僕はハダリーさまのこの行為に対し、ただ受け入れることしかできなかった。

「ん……んん、んはっ。ね、ヴァイオラ? 自分の味はどう?」

 うつろな視界で、僕はハダリーさまを、そしてその後ろにある部屋全体を見つめる。いつからこうなってしまったのだろう。掃除をするにしても、ランドリーメイドたちの手伝いをするにしても、仕事の間中、ハダリーさまのことが僕の頭から離れなくなってしまったのは。僕には目的があったはずなのに。家族の生死をオーシーノさまから聞き出すという使命があったはずなのに。

「あ、そういえば。いったとおりにちゃんとお尻の中、洗ってきてくれたんだね。今はいきなり大きなものは入れられないけど……」

 僕はこれから、どうなってしまうんだろう。行為が終わったにも関わらず、ハダリーさまの快活で楽しそうな声を聞きながら。この場所から、そしてこの現実から逃げるように、僕は目をつむった。